仮想通貨リップル(xrp)の誕生と歴史

仮想通貨という概念が誕生したのは、2008年と言われています。

そして、提唱された論文の理論を実現化するために、2009年の1月に研究成果のソフトウェアが開発されました。

それが仮想通貨の始まりで、ビットコインは、その後まもなく取引が始まります。その後どのようにしてリップルは誕生したのでしょうか。その歴史を遡っていきたいと思います。

 

リップルの誕生と歴史

リップルの誕生と歴史

 

2010年には取引所が作られ、ビットコインの取引が始まります。初めの取引は、ピザと10,000ビットコインでした。当時のビットコインは1BTC10円くらいということでしょうか。

今や仮想通貨の代名詞のようになったビットコインですが、歴史はリップルの方が古く、2004年になります。

リップルは2004年にカナダのウェブ開発者であるライアン・フッガーにより、開始されました。翌年、2005年には、リップルベイ.comを開始しています。ビットコインの理論ができる3年前です。

2011年、ジェド・マカレブがビットコインの取引所を設立します。

ジェド・マカレブは、ビットコインのブロックチェーン技術をもとにリップルのコンセンサスアルゴリズムを考案し、ジェド・マカレブ、デビット・シュワルツ他がコンセンサス・レジャーを統合、実装開始します。

2012年、クリス・ラーセン、ジェド・マカレブらがオープンコイン・インクを設立します。そして同年、オープンコイン・インクがリップル・トランザクション・プロコトル(RTXP)の開発を開始します。

その間、プロジェクトの指揮権はライアン・フッガーから リップル社に譲渡されました。のちにリップル・トランザクション・プロトコル(RTXP)として、現在も開発が継続されています。

2013年には、Googleをはじめ数多くのベンチャー企業が、リップルへの投資を始めます。その後、ジェド・マカレブがオープンコイン・インクから引退します。さらに社名がオープンコイン・インクからリップル・ラブズ・インクに改名されます。

2013年末には、リップル・ラボがリップルコイン(XRP)の配布を開始します。2013年、アメリカではリップルは社名の変更や、企業からの出資と言った動きが始まります。

そして、2014年にリップルは銀行市場へのシフトをしていきます。当時の日本でのリップルの価格が、1XRP0.2円から1円の間を低迷していました。

2015年、リップル・ラブズ・インクは今のリップル・インクへと名前を変えます。

 

日本でのリップルの取引

 

 

日本では、リップルを直接購入するのではなく、ゲートウェイに入り、円をJPYに交換してから利用します。例えば、1JPY1XRPを国際送金する時、相手国の1XRP=0.01USDであれば、リップルをブリッジ通貨として利用して、送金をすることができます。

日本では2014年の取引からの2年間、リップルは1XRP0.2円から1円台を行き来します。最高値でも3円台と、仮想通貨の動きは、まだ不透明で一般の人は祖の名前さえ知らない時間が流れます。

アメリカでは、2016年には仮想通貨が人気ドラマでも身代金の支払に利用されるくらい、メジャーなものになっていました。

リップルに注目が集まったのは、2016SBIホールディングスがリップル・インクに出資し、株式の17%を保有したことを発表したのがきっかけです。さらに、リップル・インク. SBIホールディングスは合弁会社 SBI・リップル・アジアの設立を発表します。

20163月、日本政府は「仮想通貨を公的な決済手段に利用できる『財産的価値』である」とする法改正案を閣議決定しています。さらに、スイスのチューリヒおよびバーゼルに本拠を置く世界有数の金融持株会社USB グループが、リップルの採用を表明します。

2017年に入ると、それまで日本円、1XRP1円で取引をされていたリップルは、20円台30円台と高騰していきます。

最高値は2017年の12月に、200円台強になりますが、2018年に入って現在(2018.4月時点)50円台で落ち着いています。